2017年11月01日

日本そば

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【秋の三渓園 秋らしい青い空でした】

秋の風景として秋晴れの青い空の下で一面に咲く白い花。そばの花です。

「そば」は農地として余り豊かではないところでも多くの実をつける作物の一つです。ちょっと前の時期、信州方面へ行くと冒頭のような風景を臨むことができます。そして薫り高い新蕎麦の季節となります。

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【車窓から撮ったのであまりよく映っていませんが、そばの花です】

「蕎麦」には「もり」と「ざる」があります。何が違うのでしょうか?印象では「ざる」には海苔がトッピングとして載っていて若干「もり」よりも値段が高めでした。通の人にとっては「めんつゆ」が、「もり」と「ざる」では異なるそうです。しかし筆者の行く大衆的な蕎麦屋では「めんつゆ」に違いはなく、海苔が載っているかいないかだけで、値段の安い「もり」をいつも頼んでしまいます。

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【烏瓜の赤と青い空】

以前テレビで、山地の斜面の多い土地に年取ったおばあさんが「そば」を育てている番組を見ました。木の伐採が終わると下草などを焼きはらい、そこへそばの種を蒔きます。そばは、そんな下草などを焼いた灰だけでもそこそこ実をつけます。そしてその次は豆類を蒔き、そして一般的な野菜類を育てていきます。しかしある程度経つと、また土地がやせてきますから、別の山の斜面に移り、同じようなサイクルを続けます。長年山で生きてきた人たちの知恵です。

おばあさんは「世渡り」という言葉を使っていました。「世渡り」というと都会人にとっては「世渡り上手」などあまりいいイメージはありませんが、そのおばあさんは、山で生きる人の一生を大自然という大きなステージの中で生き繋いでいくような意味で言っていたような気がします。長年、一所懸命に生き繋いできた人々の言葉には重みがあります。

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【里芋の花。畑を始めてから初めて見ました。なかなかきれいですが、長年同じ株の種芋を続けると咲くのでしょうか?芋の種(しゅ)にとっては花をつけて新しく次へ繋げるための知恵なのでしょうか?】

さて、問題です。「もり」と「かけ」ではどういう違いがあるでしょうか?そうか・・・双方もそばであることには変わりはありませんが、もりは冷たく、かけは温かいだけの違い(?)ですか?前に比べるとあまりいい問題ではありませんでした。(笑)

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【らっきょうの花です。今の時期、韮も花を咲かせ種ができます。小型の蕎麦の実のようです。種を取ってサイクルできれば最高ですが・・・】
posted by 田舎おやじ at 22:02| Comment(0) | 日々雑感

2017年07月20日

6回目をシンプルに考える

もし貴方(国民)が知人の事業(中央銀行)へお金を貸して、事業が上手くいっていないからと言って6回の追い貸しに応じるでしょうか?

普通の生活感覚を持った人なら、その方法が正しかったか誤っていたか、6回も相手へ追い貸しする前に確認をすると思います。自分が苦労して稼いだお金なら、なお更です。6回目なら相手に失敗を認めさせ、その上で今後の方針の説明を求めるはずです。

6回目の「先送り」ではないのです。更に6回の借金を積み重ねるのです。手形なら2回目の不渡りで取引停止です。

人である以上、そして人が構成する組織ですから、必ず失敗もするのです。どんな組織であっても間違いをしない組織はないのです。誰も責任を負わず邁進せずにとどまるべきです。
posted by 田舎おやじ at 22:04| Comment(0) | 日々雑感

2017年06月08日

無題

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(新緑が美しい季節です)

うん十年ぶりに39度の熱を出し、1週間ダウンをしていました。こちらもうん十年ぶりの長旅の後で、きっと疲れが出たことでしょう。頭痛と吐き気、時々の戻しで食事はできず、一日中布団の中で過ごしていました。

「人生下り坂」。
ゆったり下り坂を楽しもうと思っていると、実は「このお山」はお椀型をしており、初めは下り坂も穏やかですが、時が進むにつれて下りも急になり、足元を気を付けて下らないと転げ落ちることを実感します。

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(緩やかな山姿)

さて。
そんな布団の中でうとうとしながら、漏れてくるテレビの音を聞いています。
しかしこの世の中の事は、人が生きていくのに不要なものが溢れているなと感じます。生きる基本的なことは全て「シンプル」。そんな「シンプル」なものを、人が塗りたくり複雑にして、右ではない左ではないと忙しそうに?働いているように思えます。複雑にするのは、本質を隠そう、胡麻化そうとする意図を感じます。敢えて何についてとは言いませんが、なにかすべてに共通しているように思えます。

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(シンプルに白砂が美しい京丹後の琴引浜)

昔聞いた「商いの基本は信頼」というもの。
「商い」で一度噓をつき相手の信頼を失えば次から取引がなくなります。政治の世界なら「力」というもので取引は続きますが、「商い」の世界で次はありません。まさしく「飽きない」なのです。
美味しいと感じる和菓子の原材料を見れば至って「シンプル」。余分なものは一切入っていません。何か胡麻化したいから余分なものを加えたり、余分なものを装飾したりと手を加えるのでしょう。


人それぞれですから、複雑にしてそれを楽しむという価値観だってあることでしょう。しかし、そのために借金(公債や中央銀行券などなど。いずれもDEBTです。)を積み重ねて厚底の繁栄を図ろうとしても先が見えています。
posted by 田舎おやじ at 08:44| Comment(0) | 日々雑感

2017年04月16日

無題

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昨年、紅葉を撮った同じ場所で、春の風景を撮ってみました。

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同じ場所でも、秋と春とでは随分趣が異なるものです。



そして近くの今まで足を止めなかった場所へ、いそいそと出かけています。


小田原や大磯に残る古い建物。幾重にもなる歴史の層を感じる場所が沢山あります。
今まで気づかなかっただけです。

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【結界を示すであろう小川にかかる鴫立庵の石橋】

そして熱海の来宮大社の樹齢2千年という古木。
幾度かの天災や戦火をくぐりぬけて、同じ場所で人の営みを見てきたのでしょう。

いままで余り感じなかった時間の流れを受け止めるようになります。

【来宮大社】

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そしてまた春は訪れ、季節が巡ります。

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posted by 田舎おやじ at 15:14| Comment(0) | 日々雑感

2017年01月22日

(コラム)路地(露地)のお茶

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街の繁華街を歩いて、細く入り組んだ「路地」を見つけ、そこへ好奇心をもって入って行くとちょっと品の良い隠れ家的な店を見つけた時、喜びを感じたことはありませんか?恰好よく言うなら神楽坂の路地、鎌倉の路地、そして横浜なら野毛の路地?

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さて、近くの横浜の里山。
毎週歩くいつもの道を外れて「路地」を歩くと、ちょっと開けた畑の風景が広がり、こんな所にこんなところがあったのか!と思う場所があります。そう、隠れ家的、しゃれて言うなら「桃源郷」のような所でしょうか?もちろん、それ程大した風景ではなく、ごく一般的な田園の風景なのですが、こんな所にこんな場所があったのか!と思える隠れ家的な場所に出会います。子供の頃、森の中でキノコや食べられる木の実を見つけたという子供心の楽しい気分です。

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メインの道では、多くのハイキングやマラソンをする人が通り過ぎるのですが、ちょっと「路地」に入るとそんな道から死角になっていて、目につかない場所があります。そこには畑が広がっており、ちょっとした田舎の田園風景です。そんな場所の畑をいつも挨拶する方から紹介いただきました。


そこの畑では市民農園のようなガチガチなルールもありません。代わりに、水道等の設備もなく、ハッキリとした区画もありません。自由に藪を切り開き、ちょっとした開拓者気分です。下手でも他人の目を気にすることありません。自由気ままに耕作し、ちょっと疲れたらポットのお茶で目の前の景色を愛でます。

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そんな「路地」。
もともと茶の湯の「路地(露地 古くは露地を路地と書いていたとのこと)」とは「市中の山居」ということ。路地(露地)とは心を整える空間、自然や時間を感じる空間。自分にとって、まさしく「路地」の「茶の一服」です。

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【写真はプロ級の耕作者の畑です。自分のものはもっと粗雑です】



posted by 田舎おやじ at 17:00| Comment(0) | 日々雑感