2017年01月22日

(コラム)路地(露地)のお茶

IMG_2386.JPG

街の繁華街を歩いて、細く入り組んだ「路地」を見つけ、そこへ好奇心をもって入って行くとちょっと品の良い隠れ家的な店を見つけた時、喜びを感じたことはありませんか?恰好よく言うなら神楽坂の路地、鎌倉の路地、そして横浜なら野毛の路地?

IMG_2382.JPG


さて、近くの横浜の里山。
毎週歩くいつもの道を外れて「路地」を歩くと、ちょっと開けた畑の風景が広がり、こんな所にこんなところがあったのか!と思う場所があります。そう、隠れ家的、しゃれて言うなら「桃源郷」のような所でしょうか?もちろん、それ程大した風景ではなく、ごく一般的な田園の風景なのですが、こんな所にこんな場所があったのか!と思える隠れ家的な場所に出会います。子供の頃、森の中でキノコや食べられる木の実を見つけたという子供心の楽しい気分です。

IMG_2347.JPG

メインの道では、多くのハイキングやマラソンをする人が通り過ぎるのですが、ちょっと「路地」に入るとそんな道から死角になっていて、目につかない場所があります。そこには畑が広がっており、ちょっとした田舎の田園風景です。そんな場所の畑をいつも挨拶する方から紹介いただきました。


そこの畑では市民農園のようなガチガチなルールもありません。代わりに、水道等の設備もなく、ハッキリとした区画もありません。自由に藪を切り開き、ちょっとした開拓者気分です。下手でも他人の目を気にすることありません。自由気ままに耕作し、ちょっと疲れたらポットのお茶で目の前の景色を愛でます。

IMG_2353.JPG

そんな「路地」。
もともと茶の湯の「路地(露地 古くは露地を路地と書いていたとのこと)」とは「市中の山居」ということ。路地(露地)とは心を整える空間、自然や時間を感じる空間。自分にとって、まさしく「路地」の「茶の一服」です。

IMG_2374.JPG

【写真はプロ級の耕作者の畑です。自分のものはもっと粗雑です】



posted by 田舎おやじ at 17:00| Comment(0) | 日々雑感

2017年01月12日

(コラム)北関東の街々

IMG_2205.JPG

【桐生の街並み。写真は本文の街とは関係ありません】

かつて診断士にとって重要な施策の一つに商店街診断というものがありました。バブルの通り過ぎた頃、ロードサイドの店舗へ客が取られる中、各地の駅前の商店街に以前のような賑わいがなくなりどのような施策をすべきかというのが一つのテーマでした。

20数年前、北関東のある中核都市のケーススタディがあり、今になって街並みを拝見してきました。当時、買回り品と最寄品の商圏の差別化や、そして双方のお互いの人の流れを作ること、歴史的な建造物等へ訪れる観光客への取り込みなどがテーマだったような記憶があります。それを当時流行りのマーケティング手法で分析し、鉛筆を舐めながらレポートを書くというものでした。

IMG_2278.JPG

【桐生本町の街並み。本通りの間口から奥行があります】


どこの街並みにも感じることですが、駅前の商店街の寂れ様には言葉が詰まります。かつては鉄道の乗降客が多く、駅前には最寄品店が多く立ち並び、それなりの賑わいがあったものです。もちろん、商店街は駅前だけではなく、古くからの街道沿いに発達したものもあり、1つ商店街だけでなく多くの商店街により街並みが構成されていたものです。今は全国区の資本の店舗看板が目立ちます。そしてもっと先行きは海外資本の看板だけになるのでしょうか。

IMG_2256.JPG

【歴史を感じる建物】

改めて、そのような街を訪れてみると、あの当時の自分の視点として欠落していた「歴史(時間軸)の広がりの重要性」を感じます。「今の場所の広がりばかりを重視」し、いくら金を落とすかという結果ばかりを求めていたように思えます。しかし、そこにはそこで長い間生きてきた人々の「生き様」、そして「思い入れ」の集積があったということです。

IMG_2246.JPG

【矢野家の建物内。江戸時代の初代矢野家当主は近江商人の出身】

地方都市には歴史があり、かつて大いに栄え、富の集積がなされたところが沢山あります。今の自分にとってはその古い建造物、そして何故ここに富の集積がされた理由、どのような人々が商いをしてきたか等、興味を引きます。そこに生きてきた人々の誇りや自信です。

IMG_2209.JPG

【三越の看板が有りちょっと気になりました。桐生は絹織物の産地。呉服の関係でしょうか?そういえば三井家も元をたどれば松阪の前は近江と言われています。】

数字だけの結果を追い求めていた上り坂の時代は通り過ぎ、下り坂の社会、地域、そして人々にとって何が重要なのか考えていました。

IMG_2276.JPG

【店先に咲く蝋梅の花】
posted by 田舎おやじ at 19:40| Comment(0) | 日々雑感

(コラム)上野東京ライン

IMG_2173.JPG

【横浜港の夕焼け】

朝早く大船駅から上野東京ラインに乗り込み、宇都宮線の小山駅まで乗車しました。

朝の通勤時間帯。
東海道線は大変混んでおります。一様にしてサラリーマンは寡黙に混雑をじっと耐えています。乗車中の肩などの触れ合いで、口には出さないものの緊張感が漂います。目をつぶっている者、イヤフォンを付けスマホを操作する者、新聞、雑誌等を読む人は少数派になっています。狭い空間の緊張感の中、窓の外の景色とは無縁に、大抵の人々は自分の世界へ入っています。当方もその緊張感を思い出し、通り過ぎる時間をじっと待ちます。

そして東京駅、上野駅を通り過ぎると、乗客の殆どは降車し、車内の雰囲気はガラッと変わります。緊張感の後に窓の外を見やると、所々に冬景色を感じる街並みが目に入ります。

そうか、上りから下りへ入ったのか!と思いつつ、自分自身は旅人の心へと変わっていきました。東京駅までが「人生の上り坂」ならば、その先の下り電車は「人生の下り坂」だなと・・・。

IMG_2113.JPG

【伊東線の伊豆多賀駅から海岸へ続く道】

大多数の人と同じ方向を向いていればそれだけの競争があり、その中で日々を戦わなければなりません。しかし、多くの人が向かない方向では別の時間が流れています。一つの方向だけしか認めなかった窮屈な自分の心を思い出します。

「人生の下り坂」、「下山の哲学」等、人も社会もピークを過ぎてからの生き方等が雑誌などを賑わせています。人も社会も決して「坂の上の雲」だけが全てではない、そして下り坂は決してマイナスイメージだけではない。そこにはそこの充実があることを感じています。
posted by 田舎おやじ at 19:35| Comment(0) | 日々雑感