2016年09月24日

(コラム)三保の松原

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たるんでいるうちに夏が過ぎてしまい、季節はずれになる前に載せておきます。

台風が去った後の晴れ間。静岡市清水の三保の松原へ行って来ました。
台風一過で空が澄み渡り、海の色も大変きれいです。

ここは砂洲という地形が特徴で、安倍川からの大量の土砂が海流に流され砂洲が形成されたとされています。海岸沿いに小高く砂洲が盛り上がり、その土手に松林があります。その樹齢はたいそうなものと思われ、強い海風にさらされて内陸側へ倒れながらも力強く枝葉を伸ばしています。

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近くには御穂神社(みほじんじゃ)があり、「三保の松原」の「みほ」は、当初稲作の「御穂」から来たものと思われ、稲作文化の表れと思われます。

そしてこの地には天女が衣を松枝へかけたという伝説もあります。
古代の織物には楮(こうぞ)、麻などの繊維で「綾布(あやぬの)。倭文布(しずぬの)。倭文織(しずお)り」がありますが、静岡(しずおか)という音もこの辺から来たのかと妄想します。

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しかし、よく絵で見る天女の衣は絹を思わせ、もうすこし時代が下ったものなのか、天女の絵が後付なのかと思いますが、いかがでしょうか?

いずれにしてもこの近辺にはヤマト武尊の日本平や草薙(鉄文化)という場所もあり、古代のヤマト政権の一派がこの地へ訪れていたことは間違いなさそうです。


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【対岸は伊豆半島です】

まあ各地を巡りながらも、正誤のほどは別として、いろいろかってな連想をしながら見て歩くことも「また楽しからずや」。ボケ防止にはこれが一番です。

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2016年09月23日

(コラム)田舎おやじのシーズナルなポエム

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このブログのタイトルになっている「田舎おやじ」・・・さて、これを英語で言うと何になるか?
クッキーの「カントリー・マム」に似せて、「カントリー・パパ」?ちょっとこれじゃーイメージ若すぎ・・・「カントリージジー」いや、これじゃ和製英語?

ある本を読んでいたら見つけた言葉、「カントリー・ジェントルマン(country gentleman)」 これではちょっと格好良すぎ??この言葉からは、畑仕事で大汗書きながら、鼻くそをほじっている自分の姿には似合わない・・・・。やはり日本人は日本語で「田舎おやじ」がぴったりします。


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さてこの「プリンシプルのない日本」(白洲次郎著)と言う本。
読むと書いてあることが決して古くなく、今の世相も見ながら書いているようにも思えます。結局、経済的には豊かになっても戦後日本の姿は変わらないということなのでしょうか?もちろん、戦後の占領時代の泥臭さの中で生きてきた方ですから、それは文書に表せないこともあったと思いますが、それでも今なお納得する言葉があります。

相武荘HP(古民家の写真があります)

http://buaiso.com/greeting/

かなり前の初夏の頃、相武国境近くの「鶴川」にある「相武荘(ぶあいそう)」へ見学に行ったことがあります。戦中に引っ越して来たという古民家。それは自分の好きな内田正泰氏のはり絵にもでてきそうな古民家です。大切に建てられた古い建物は和風でも洋風でも見ごたえがあります。そして庭から続く散歩道。確か「鈴鹿峠」と書いてあった石があり、そこの5月の気持ちよい風がとても印象的でした。暫くそこで風に当たっていた記憶があります。

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この時期、初夏ではなく初秋の気持ちよい風を感じながら、気分だけは「野良仕事をしながら世の中を斜に見ている?いいカモな長明」として「方丈」の畑を耕しています。


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2016年09月21日

(コラム)シンプルな建物

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最近は特に目的を持たずに、思いつきでいろいろな所を巡っています。何かを成し遂げるという仕事系の完成度は全くありませんが、ふと自分の目に留まったことが別の何かと繋がっていることにふと気づかされます。

もちろんその繋がりというのも、自分自身の勝手な思い込みや私的な事だったりしますが、その方がかえって、個人的には強い興味を引くことが多々です。

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さて、今回は塩沢湖の湖畔にあった建物についてです。
夏の暑い盛りが過ぎて涼風がたち、人の混雑もなくなるこの時期の塩沢湖畔(湖畔と言っても池の大きいもの)で、この時期に見かけるのは大学生と思われる一団です。自分の学生の頃もこの近辺で合宿した記憶がありますが、かつてに比べたら今は大変洒落ています(記憶では合宿の早朝、湖畔マラソンをさせられたような・・・)。

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そんな湖畔に小さな建物(朝吹別荘・睡鳩荘)があります。そこの説明書きを読むと、ヴォーリズが設計に関わったというもの。

このヴォーリズという名前。今年の正月、近江八幡へ訪ねた時の同行した方から「メンソレータム」の近江兄弟社の話、三越の朝吹氏の話を聞いていました。その時はあまり興味を持たなかったのですが、どこか記憶に引っかかっていました。そしてその説明書きを読み、ふと思い出したのです。

後で知ったのですが、ヴォーリズは正規の建築学を学んだわけではなく、正式な宣教師でもないということ。謎めいた方です。身近なところでは横浜共立学園の本校舎の設計もしています。

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そんないわれはともかく、この時期の涼しい風に吹かれて湖の湖面が臨めるテラスでゆっくりする事、大変気持ちのよいものです。そこの説明書きにもありましたが、建物はシンプルで良いというところ、大変納得です。なによりもその周りの風景に溶け込んでいることが大切ということ。この後訪れた「ユニオンチャーチ」のシンプルさにも繋がっています。

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2016年09月10日

(コラム)分水嶺

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前回上越、信越線の峠越えを書きました。今回は中央本線の峠越えです。どこをもって峠越えとするかは定かではありませんが、鉄道の長いトンネルをくぐった後、車窓から見える水の流れの方向が変わったところが、大きな峠越えなのでしょう。

中央本線で東京から進むと、小仏トンネルが長いトンネルの一つですが、水の流れの方向は変わりません。さらに幾度かトンネルをくぐり車窓から沿線の山々に、夏の雲がかかってくると大きな峠が近いと感じます。そこは笹子峠のトンネルです。笹子トンネルを越えると、景色は一変。明るい空が広がります。遠く眼下に明るい盆地が臨めます。


在来線を走ると、鉄道の敷設の苦労が良く分かります。前回の上越線のそうですが、開通当時は単線で開通したことでしょう。その後交通量の増加のため複線となりますが、当初の作った橋やトンネルとは別の場所にもう一本鉄路を作っていることが分かります。そして険しい峠の場合は高度を次第に上げていき、なるべくトンネル区間が短くなるように工夫されていることが分かります。又、ゆっくり走るので、沿線の田畑が緩やかに段々となっていることが分かります。水路を考えながら苦労して開拓したことでしょう。

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青春18きっぷの鈍行電車で行くと、周りの風景にも関心が向きます。いや、今まで気づかなかっただけなのかもしれません。兎に角目的地へ早く、効率よく着くことだけを考えて途中の行程なんかは関心がなかったのでしょう。新幹線、特急に乗って「分水嶺」なんて思いもしませんでした。水の流れが変わるポイントもさっと通過。人生も、世の中も・・・?

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さて、「青春きっぷおやじ」の目印の一つは今の若者が利用しない時刻表を持っています。スマホより時刻表の方が、おやじにとって全体像がわかり、どの列車に乗り換え、どこで休憩するか一目分かります。また別のルートも探し出せます。かさばっても時刻表です。

今回列車の中では「青春きっぷ婆あー」も居ました。しかし彼女達も一人で来ているのですが、それらしき仲間を見つけてはべちゃべちゃと話始めます。そして話す内容が大抵は亭主の悪口。聞いていて笑ってしまいます。

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まあ、人生長く続けてきた方々。それぞれが人生を楽しんでいます。
posted by 田舎おやじ at 19:14| Comment(0) | 日々雑感

2016年09月02日

(コラム)南京そばのワンさん

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以前にこのブログで記載した南京そばのワンさんの店。

【参考】
http://public-progress.sblo.jp/article/161163782.html

ここのタンメンは昔から美味しく有名でした。国道沿いへ移転してから店は大繁盛。昼時には客がひっきりなしで、店の外へ行列をつくって待っていたものです。
このタンメンはニンニクが大変利いており、何故か夏のピークあたりに急に食べたくなる味です。夏バテの体が欲するのでしょうか?しかしこれを食べて帰ると、臭いに敏感な家族には大変不評でした。

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【越後湯沢のスキー場。秋風が吹いていました】

そして夏のピークを過ぎたこの頃、あの味が懐かしくなり、久しぶりにタンメンを食べにいきました。

ワンさんはカウンター越しの一番右側、いつもの場所に居りました。しかしいつもの場所に椅子が置いてあり、そこへ座っています。客も心持か、ばらついています。かつて昼時には客でごった返していたものでしたが・・。くたびれた顔のワンさんはかつての助手?が腕ふるっているのを眺めています。

客の注文しているものも、かつてのタンメンや餃子ではなく、サンマーメンやら焼きそばやら臭いが気にならないものばかりです。やはりこの節、臭うものは流行らないのでしょうか?しかし自分はやはりタンメンが懐かしく、タンメンを頼みました。看板商品だったタンメンは一時に何人前も同時に作ったものですが、今日は自分ひとりの分だけです。

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タンメンの注文を聞いたワンさんは腰が曲がりながらも立ち上がり、大きな中華鍋へ調味料を入れていきます。立っているのがやっとの姿に、かつての親父の姿を想い出し、ひた向きに自分の店を守っている姿を感じていました。そして最後の味見は助手へ頼んでいます。もう自分の舌では味が分からなくなっているのかもしれません。

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【朝焼けの夏の富士山】

タンメンをすすると、懐かしい味がしました。子供の頃に図書館の近くで食べた頃の味。夏祭りのオマケ券で食べた味。そして1週間の病院食を食べた後に寄った味。いずれも夏の頃です。タンメンの味にかつての想い出も味付けされていました。食べ終わるとカウンター越しのワンさんへお辞儀をすると、ワンさんも丁寧にお辞儀を返してくれました。


さて、夏の終わりにニンニクの利いたタンメンを食べて店を後にすると、ニンニク以外のスタミナも何か貰ったような気がしています。

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【夕焼けの夏の富士山】
posted by 田舎おやじ at 14:36| Comment(0) | 日々雑感