2016年07月26日

(コラム)ゆらぎ

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夏の青春18きっぷの期間が始まり、東海道線にも「かつての青春おやじ」を見かけるようになりました。

東海道線の4人ボックス席へ乗りこむと、目の前に元サラリーマンとおぼしき年配の一人旅の人が座っていました。車窓の風景が変わってくると、おもむろにバックの中から自分で用意したと思われるゆで卵を取り出し、さらに丁寧に包んだ塩をかけ、朝食を取り始めます。海が見えるところまでくると、家の冷蔵庫から持ってきた?佃煮のビンと割り箸を取り出し、缶酎ハイ片手に一杯始めます。なかなか旅慣れています。

人が少なくなったところで話しかけると、やはり「かつての青春おやじ」です。
「今日はどこまで行くのですか?」
「大阪まで行くつもりです。大阪で友人と会い明日広島へ向かいます。」
話を聞くと、単身赴任時代から色々なところへ出かけている様子。
「北陸新幹線ができてから、そちら方面の在来線が不便になりました。」とか「東日本は列車の乗り継ぎが悪いです。」とか経験した者だけが分かる納得する話ばかり。
久しぶりに車中で楽しい話を聞きながら、列車旅を楽しみました。


当方は熱海駅の下車で「日帰り温泉」へ。
熱海も今では日帰り圏内です。ゆったりとホテルの温泉につかり、大きな窓に広がる海を眺めていました。高い所から臨む海の波はゆったりした「うねり」になっています。ゆったりしているうねりを見ていると、心もゆったりとしてきます。「ゆらぎ」をかんじるからでしょうか?ゆっくりとした動きには心が安らぎます。

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さて、遠く早くそしてグルメという旅(旅というより旅行ですか?)、金をかけるだけが旅ではありません。日頃からちょっと離れたと感じることが出来る気持ちが大切なのでしょう。かつての画一的な旅とは違った風景に、そして色々な旅人に最近は気づかされます。

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【こちらは今年の夏野菜】
posted by 田舎おやじ at 07:30| Comment(0) | 日々雑感

2016年07月18日

(コラム)テレビ

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【田んぼの稲も鮮やかになります】

自分達の世代は茶の間にテレビがあった時代と思います。
ただし、当初テレビは白黒であり、故障はするし、電気代が勿体ないと四六時中つけっぱなしということはありませんでした。それから数年後にカラーテレビが登場し、「テレビばっかり見ていると今にしっぽがはえちゃうぞ・・・」と歌がありました。そして今やテレビは四六時中流れ、あらゆる生活の一部として入り込んでいます。当時に比べたら画像も音もリアルへより近くなっています。

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さて、先日「華氏451」(1966年)という映画を見ました。あらすじは、未来社会では思想管理のため本を読むことが禁じられ、本を見つけては焼く(焚書)警備隊員の物語です。日本でもちょっと前「図書館戦争」という映画がありましたが、内容的には似ています。

ご参考 「華氏451」wiki
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%8F%AF%E6%B0%8F451

その中でハッと思ったのは、その隊員の家の中の風景。警備隊員の家は裕福な中流家庭として描かれ、家には立派な家具などはあります。そしてなんと大画面の壁掛けテレビ。人々はテレビへ見入っており、プロパガンダ的番組で洗脳されていきます。もう50年前から平面大画面テレビの出現を予想しており、流れる放送内容も・・・・。

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【道端の崖が先日の大雨で表面が崩れ落ちています。奥には細かく植物の根のようなものが見られます】

画像や音声など感覚的なものはインパクトが大きいものです。あまりいい言葉ではありませんが「刷り込み」がし易いのです。それが繰り返し流れたらより大きくなります。だからこそ、そのメディアの全てのチャネルが一方の方向だけへ使用された場合の怖さを感じます。そして次第に人々がそれらを疑問なく受け入れたり、また疑問を持っても諦めしか感じなくなる怖さです。

本だってメディアの一つであり、筆者のバイアスによって書かれていますが、読者は自分の経験等から想像力を働かせないとリアルに感じることができません。又、本は読者が速度を変えて主導的に読むことが出来ます。そしてなによりもまだ本の発行チャネルは沢山あり、本の選択範囲が非常に広いということです。

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【里芋の風景】

映像や音声でしか伝えられない情報だって沢山あります。だからこそ選択性があること、チャネルが限られない事が重要と思うのです。

以前に記載した高校時代の恩師のテレビへ対する疑問の言葉。改めて感じています。
posted by 田舎おやじ at 14:58| Comment(0) | 日々雑感

2016年07月12日

(コラム)日々雑感

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【根府川駅】


成功した自慢話を聞くほうの身は堪らないものですが、かつて成功話の啓発本をよく読んだものです。こうすれば自分も成功できると・・・。確かに若い時、気分的に高揚させるには良かったかもしれませんが、実際世間的で言う「成功」した話というのは1%でしょう。後のほとんどは失敗したことばかり・・・。しかし失敗した話やだらしない姿の方が後々大いに役に立っている気がします。

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【原の海】

そんな時、ふと思い出した昔の歌。

「生まれ来る子供たちのために」
この曲はオフコース(off course)というグループが泣かず飛ばずの時を何年か経て、やっとメガヒットした曲「さよなら」(1979年)の後に出したもの(1980年)です。自分が大学時代に出た曲です。

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当時この曲をご存知の方は「あれか」と思い出すでしょうが、それ程ヒットしなかった曲です。今まで出してきた曲の雰囲気を変えてやっと出したヒット曲「さよなら」。次にどんな曲を出してくるかと思ったら、又かつての静かな曲風。しかし当時コンサートの最後の曲目で、海に浮かぶ小舟の映像と一緒に演奏し、グループとしては力を入れていた曲でした。

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【真鶴半島を臨む】

これは後で知ったことですが、レコード販売側と意見が合わなかったとのこと。「さよなら」の曲風を続ければ又ヒットを続けたと言われています。しかしこの曲こそ自分達グループが本当に伝えたいものとして前面に押し出していました。

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不思議に自分の人生の節目でこの曲が町に流れているのを偶然聞きました。就職直後、そして親父が亡くなった時。ガソリンスタンドから流れていた曲にふと立ち止まり、思わず目頭があつくなったことを思い出します。

「生まれ来る子供たちのために」オフコース
作詞作曲 小田和正

【ご参考】
http://www.uta-net.com/movie/26222/

「多くのあやまちを 僕もしたように・・・」


人の名前、そして部屋へ取りに行ったものがなんであるかすぐ忘れますが、昔に聞いた曲は忘れないものです。

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【写真は色々な季節のものです】
posted by 田舎おやじ at 22:05| Comment(0) | 日々雑感

2016年07月09日

(コラム)老婆心

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【東海道で好きな駅の一つ、函南。昔の夏の景色を思い出させます】



我が家では災害時に備えて、20Lのポリタンクに洗浄用水として水を貯めています。災害時のマンションでは、例え電気だけが止まったとしても水も止まってしまいます。震災時のマンション生活者が階段で水を運ぶ映像を思い出されます。

しかし生水ですから何度か水を替えています。狭いマンション室内には置けませんから、ベランダへ置いていて、「えっこらさ」と運びます。20Lですから20Kgです。これが大変重たい。何もなければ無駄な作業ですが、安心とはそういう作業なのかもしれません。


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「よっこらしょ」と持ち上げ、室内の洗濯機へ水を入れようとした途端、突然容器が破裂。20Lの水が室内のフロアーへぶちまけられました。構造疲労を起こしていたのでしょう。丁度一人だったため、呆然とする暇も無く水を拭き取ります。助けも呼べず、文句を言うこともできず、ただ黙々と大汗かきながら拭き取ります。

その姿。
いい年した「じじい」があたふたしながら拭いている自分の姿を天井から見ているようで滑稽です。しかし笑うことも出来ず黙々と・・・。若い頃ならもっとテキパキとできたと思うのも悲しく、目の前の災難から逃げることも出来ず、立ち向かうこと小一時間。
作業が終わり温かいお茶を飲みながら、突然の出来事を反芻。

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【合歓の木】


この世の「もの」には必ず寿命があり、いつかは壊れるもの。今あるものがいつもの通りそこに同じ状態であるということはあり得ないと頭で分かっていても、頭のどこかでいつもそのままという思い込みがあります。若い頃ならその辺も客観的にみることができたものも、年取ると思い込みが邪魔をします。誰もがいつかは通る道です。

そんな時の救いは、身近だった人々、親や親類達のかつての老人達の生き方。世間的によく言われる「美しい?!」生き方ではなく、ありのままの人の姿を思い浮かべます。その姿を思い浮かべると「カッコいい自分を演じる必要はないよ。」と励まされる気がします。「ありのままを受け止めればいいよ。」と。

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そんなことをこのブログに記載しているのは、「老婆心」という決して褒められない「年寄りの生き方」というよりも、どこか自分を納得させるために書いているように思えます。
posted by 田舎おやじ at 10:19| Comment(0) | 日々雑感